今回のひとこと
「一日一生」
2026年も、半年が過ぎました。
自分の手帳を見返して、娘と一緒に稽古した回数を数えてみると、43回。
この数字を見て、ふと思いました。
みんな当たり前のように感じているかもしれませんが、時間が刻々と過ぎていくように、誰かと一緒にいられる時間も、静かに、でも確実にカウントダウンされています。
今回は、そのことを数字にしてみることで、「今」を大切にすることについて考えてみたいと思います。
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人は意外とわがまま
気がつけば、私の娘も8歳と6歳になりました。
小さい頃は手がかかるので、
「早く大きくなってほしい」
と思う親御さんも多いのではないでしょうか。
「あと少しで手が離れる」
「早く社会人になってほしい」
そんなことを思うこともあるかもしれません。
私自身も、そう思うことがあります。
でも、それは自分自身が生きていくことに必死で、子どもの成長をゆっくり見届ける余裕がなくなっているからなのかもしれません。
仕事をしていると、
「早く休みにならないかな」
と思い、休みになると、
「もう少しゆっくり時間が過ぎないかな」
と思う。
振り返ってみると、私たちは日々、時間に対して「早く過ぎてほしい」と思ったり、「もっとゆっくりしてほしい」と思ったりしています。
でも、人生全体で考えると、時間は確実に減っていきます。
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子どもが親と遊びたい時間は、意外と短い
子どもが、
「お父さんと一緒に遊びたい」
「お父さんと一緒に稽古したい」
と思ってくれる時期は、一瞬なのかもしれません。
では、どのくらい一瞬なのでしょうか。
仮に「小学生の間」と考えてみます。
上の子は、あと3年。
下の子は、あと6年。
私の場合、娘と一緒に稽古できるのは、年間で約80回です。
1か月に6~7回ほど一緒に稽古している計算です。
そうすると、
上の子は、あと約240回。
下の子は、あと約480回。
こうやって数字にすると、どうでしょうか。
多いでしょうか。
それとも、少ないでしょうか。
私には、思っていたより少なく感じました。
もちろん、小学生を過ぎても一緒に稽古できるかもしれません。
一緒に旅行に行ったり、遊んだりすることもあるでしょう。
だから、この数字がすべてではありません。
ただ、「今のように一緒に稽古できる時間」が永遠ではないことを、数字が教えてくれます。
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親と一緒にいられる時間
これは、子どもだけではありません。
私自身も、親と過ごせる時間について考えてみました。
現在、私の母は73歳です。
仮に87歳まで生きるとすると、あと14年。
私が母と会う回数を年間約80回(稽古に行く回数に似ているため)とすると、
14年 × 80回 = 約1,120回
となります。
父とは同居しておらず、会う機会も多くありません。
仮に年間1回程度だとすると、残された時間の中で会える回数は、もっと少なくなります。
こうして数字にしてみると、
「親といつでも会える」
という感覚も、少し変わってきます。
みなさんは、親御さんとあと何回会えるでしょうか。
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自分が生きられる時間
そして、最後は自分自身です。
これまでの家族の寿命(おじいちゃんやひいおじいちゃん)を振り返ってみると、81歳くらいまで生きる可能性があるのかな、と私は考えています。
もちろん、これはあくまで私自身が勝手に考えた目安で、寿命を予測できるものではありません。
仮に81歳まで生きるとして、現在41歳なら、残りは約40年。
長いと感じるでしょうか。
短いと感じるでしょうか。
人によって感じ方は違うと思います。
ただ、少なくとも人生の折り返し地点が過ぎたことは確かです。
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数字にすると「今」が見えてくる
普段は、
「あと何年生きられるか」
なんて、あまり考えません。
子どもと稽古することも、
「今日もいつも通りの稽古」
という感覚です。
親と会うことも、
「また次に会えばいい」
と思ってしまいます。
でも、ときどき、
「今の環境は、あと何年続くのだろう」
「子どもと、あと何回一緒に稽古できるのだろう」
「両親と、あと何回顔を合わせられるのだろう」
と数字にしてみる。
すると、それまで当たり前だと思っていた時間が、実はとても貴重なものだったことに気づかされます。
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「一日一生」という言葉
今回のひとことにした「一日一生」。
一日を一生だと思って、大切に生きる。
私は、この言葉が今の自分にとても響きます。
もちろん、毎日そんな気持ちで生きることは難しいです。
仕事で疲れることもあります。
子どもにイライラすることもあります。
稽古で厳しく言ってしまうこともあります。
それでも、
「今日という日は、もう二度と戻ってこない」
ということだけは、忘れないようにしたいと思っています。
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今日も一緒に稽古をする
私自身、こうやって残りの回数を考えると、少し寂しくなります。
ずっと続くものはありません。
子どもは成長します。
親も年を取ります。
そして、自分自身の時間も少しずつ減っていきます。
だからこそ、稽古前に、
「あと何回、一緒に稽古できるかな」
と、ほんの少しだけ頭の片隅に置いてみる。
すると、いつもの素振りも、いつもの地稽古も、少し違って見えるかもしれません。
今日一緒に稽古できること。
今日一緒に笑えること。
今日、子どもの成長を見ることができること。
それだけで、十分にありがたいことなのだと思います。
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まとめ
人生は、時間の積み重ねです。
そして、その時間には限りがあります。
子どもと一緒にいられる時間。
親と一緒にいられる時間。
家族と過ごせる時間。
そして、自分自身が生きられる時間。
普段は意識しないこれらの時間を、ときどき数字にしてみることで、「今」がどれだけかけがえのないものなのか、気づくことができるかもしれません。
私も今日からまた、
「一日一生」
を少しだけ意識して、娘たちと一緒に稽古をしていきたいと思います。
このブログが、皆さんにとって「今の時間」を少し見つめ直すきっかけになれば幸いです。
皆さんは、あと何回、お子さんと一緒に稽古できるでしょうか。
そして、あと何回、ご家族と一緒に食事をして、笑うことができるでしょうか。
よかったら、皆さんが感じたこともコメントで教えてください。

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