今回のひとこと
「一日一生」
さて今回は、
前回の「第六感を信じますか?」に続いて、
自分に行動を起こさせる“着火剤”のような思考についてお話しします。
― 行動を起こさせる着火剤的思考 ―
目次
今日が最後だとしたら
今日が人生最後の日だったら。 今日が、父親として何かを伝えられる最後の日だったら。 今日が、この人と会う最後の日だったら。 自分は何をしたいか。 自分は何を伝えるべきか。 そんな問いを、 心のどこかで持ちながら毎日を過ごしています。 そしてもし、 本当に今日が最後だったとしても、 「悔いなし」 そう言える生き方をしたいと願っています。
何気ない日常の尊さ
娘と剣道の稽古に行く日。
ふと、こんなことを思います。
「今日のこの時間も、
いつかは思い出になるんだろうな。」
昔は、稽古のあと一緒にお風呂に入っていました。
寝る前には抱っこして、
「今日の自分は何点だった?」
と聞きながら布団に入っていました。
娘の成長を嬉しく思う一方で、
少しずつ自分の手を離れていく寂しさも感じています。
だからこそ、
心のどこかで準備をしているのかもしれません。
当たり前ではない日常
この何気ない日常は、
決して当たり前ではない。
それを噛み締めながら生きています。
娘がいなければ、
私はリバ剣士になっていなかったと断言できます。
娘がいたから、
もう一度剣道を頑張ろうと思えた。
もしかすると、
私が娘を剣道で成長させているのではなく、
娘が、私を剣道を通じて成長させてくれているのかもしれません。
そう考えると、
感謝しかありません。
着火剤の正体
「今日が最後だとしたら」
この問いは、
私にとっての着火剤です。
迷ったとき、
怠けそうなとき、
言葉を飲み込みそうなとき。
この問いが、
一歩踏み出す勇気をくれます。
伝えたいことは、今伝える。
やりたいことは、今やる。
会いたい人には、今会う。
後回しにしない。
あの夜、祖父から学んだことが、
今も生きています。
あなたならどうしますか?
もし、あなたの人生が
今日で最後だとしたら、
どんな一日を過ごしますか?
私はきっと、
今と同じように、
娘と剣道の稽古に行き、
汗をかき、
「今日もよく頑張ったな」と言いながら
一日を終えたいと思います。
特別なことではなく、
今ある日常を、丁寧に。
それが私の答えです。

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