本日のひとこと
「言葉を聞いて、知って、理解して、体現して、習得する」
今回は、私が小学生の頃に剣道で教わった
**「遠山の目付け」**という言葉について、
大人になってから理解が深まった体験をもとに書いてみたいと思います。
小学生の頃の理解
小学生の頃、稽古で教わった遠山の目付け。
当時の私は、次のように理解していました。
相手と立ち合うとき、
一点だけをじっと見るのではなく、
遠くの山を眺めるように、相手全体を見る
そうすることで、
• 細かい動きに惑わされない
• 全体の流れを感じる
そんな見方のことだと思っていました。
社会人になって気づいたこと
社会人になってから、先輩に教えてもらった言葉があります。
「木を見て森を見ず」
この言葉を聞いたとき、
ふと遠山の目付けのことを思い出しました。
目の前の細かいことにとらわれて、
全体を見失ってしまう。
これは仕事でも、人生でもよくあることです。
改めて遠山の目付けを考えると、
目先のことにとらわれず、
広い視野で物事を判断する力
そんな意味があるのだと感じるようになりました。
(とてもありがたい言葉を下さった先輩には心から感謝です。)
武道としての遠山の目付け
さらに興味深い気づきがありました。
合気の考え方を解説している動画の中で、
遠山の目付けについて次のように説明されていました。
相手が襲いかかってくるとき、
意識を相手ではなく、
相手の腹を通り越して、その先の床あたりに置く
そうすることで、
• 自分の力みが取れる
・相手の体の中に自分の意識のようなものが入り込む
• 相手の動きを自然といなせる
というのです。
この話を聞いたとき、
剣道と合気道がつながった感覚
がありました。
(参考動画は末尾に記載しております。)
稽古の意味がつながる瞬間
剣道の稽古の中で、体当たりの練習があります。
その際に、
相手の少し先をイメージして当たる
と教わることがあります。
小学生の頃は、意味を深く考えずに
言われた通りにやっていました。
しかし遠山の目付けを理解すると、
なぜ「先を見る」のかが
はっきりと分かるようになります。
ただ当たるのではなく、
意識の置き方そのものが稽古だった
のだと気づきました。
遠山の目付けは人生にも通じる
遠山の目付けという言葉は、
ただの技術ではなく、
物事の見方そのものだと感じています。
• 目の前にとらわれない
• 全体を見る
• 長い目で判断する
この考え方は、
仕事でも、子育てでも、人生でも
あらゆる場面で応用できます。
言葉を習得するということ
今回改めて感じたのは、
言葉は一度では理解できない
ということです。
• 聞く
• 知る
• 理解する
• 実践する
• 再現する
この過程を繰り返して、
初めてその言葉が自分のものになります。
遠山の目付けは、
まさにその過程を通して、
少しずつ理解が深まっていく言葉でした。
まとめ
遠山の目付けという言葉は、
その言葉自体を
遠山の目付けで見ること
によって、より深く理解できるものだと感じました。
そしてそれは、
自分の経験と重なりながら、
人生の中で何度も意味を変え、
深くなっていくものなのだと思います。
これからも、この言葉を大切にしながら、
日々の稽古と向き合っていきたいと思います。
おまけ
保江先生の合気の考え方を用いて、
腕を抑えられている中で、持ち上げる実験をしてみました。
本当に、、、持ち上がりました、、、、。
「合気は究極のやらせ」とよく動画の中で仰っておりましたが、、、、
???理解できない???けれど、、、す、、すごい、、、
皆さんも動画をみて、実践してみてください。
そして、僕も合気を取り入れた剣道などを
これからここで紹介していきたいと思います。
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参考動画
ガチタマTV様
貴重な動画を本当にありがとうございました。
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